カテゴリ:ことば( 7 )

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今年の2月から、何を思ってかツイッターをはじめました。
2月から12月31日までのツイートの一部を残します
このページは2010年10月から12月までのツイートのみです)。

<ツイッター連詩>に投稿したツイートに関しましてはこちらを御参照ください。
ツイッター関連まとめはこちらです。

私にとって、今年はすこぶる濃い1年でしたから、
気分も考え方も瞬間的に変わってしまいます。
読み進むうちに矛盾を孕んでくるかもしれませんが、
そんな矛盾を検証するためにも、記録しておきます。
何より、瞬間的に詩人になってみたり、
学生になってみたりしているのが、
私自身は面白かったです^^;
どこか病んでいたり、我を張っていたりするツイートも、
そのときどきの実感として残しておくことにしました。
いま読み返すと、自分のツイートに対して
「これは違うんじゃないか」と感じることも沢山あります。
来年は磨きをかけて、精進していきたいです。

<2010年下半期の瞬間的感慨。②>

2010年10月03日(日)
こりゃ戦いだわ。束ねて、しっかりと持つ。おやすみなさい、お月さま。
posted at 01:29:37

「何かの抽象的な調子になりきって自らの詩を読むというのは虚偽的で、それはそのひとの『詩のような詩を書いた』という自覚ととも表裏なのではないか」朗読を再開してから、阿部嘉昭のこの言葉に再び触れてみた。気持ちを固めるしかないね。意図があってはいけないの?私自身に何がある。
posted at 07:54:41

他人の朗読にトラウマがないとは言えないし、「朗読に倫理がある」とまではいかないまでも、不誠実な朗読というのはある気がしている。アナウンス的演劇的音楽的。私は振り分けられてしまう。
posted at 08:00:36

@namaurako 前述には「アナウンス的な読み方をする人はアウトだし、演劇的な読み方をする人も不誠実だと感じるし、すごく音楽的な読み方をする人も何様だと思ってしまう」とあります。形式の問題なのだと思います。
posted at 08:29:50

漠然。日常に戻ります。勉強しなきゃ、がんばらなきゃって一日に何百回念じてるだろう。「タフ」なんかじゃない。私は鈍いだけなんだ。己の無知を認識させられるためだけに、人と話をしているような気さえしてくる。でも、やっつけ仕事、なんてだいきらいだ。そのためには学ばなくちゃいけない。
posted at 21:39:06

2010年10月04日(月)
歯ブラシに食器用洗剤をぶっかけて、口に入れるところだった。疲れているのだろうか。何もできない。おやすみなさい、お月さま。
posted at 00:00:06

打ち合わせって、やたら元気が出る。明日は1限休講だし、図書館にカンヅメしちゃおう。
posted at 22:21:18

2010年10月05日(火)
私の仕事(意識)には、時間割もシフトもない。よって、残業のあらし。なんて自由!じゆう、と思う。感受性にもはたらきどきがあるのです。理解できないひとは下がって。
posted at 19:12:28

2010年10月06日(水)
本屋か編集のバイトをする。東京っぽいところで東京っぽいひとを観察する仕事。たまに小説とか書いている。非算入の授業をとる。資格をとる。教授と仲良くなる。かわいい女の子とお友達になる。こんな女子大生に私はなりたい(なりたかったはずだ、まる)。
posted at 00:55:46

周りが皆バイトをしているので、自分のしていることが何となくこれでいいのかという気持ち。どんなに疲れても、わかりやすい「労働」をしてみたい。もう少し落ち着いたら、きっと……。おやすみなさい、お月さま。
posted at 00:59:07

2010年10月07日(木)
新しい内容も探してみよう。「話す」勉強にもなるかな。まずは雰囲気を感じる、根拠を拾う、論に繋げる。適切な引用や注釈ができる知識が欲しい。人に明確に何かを訴えるときは口述でも、記述でも技術者の心持ちでいたい。まだまだ蓄えなくてはならない。
posted at 01:33:32

2010年10月08日(金)
ひどくさむい。
posted at 21:00:02

2010年10月09日(土)
そういえば、北海道に金木犀はなかったなあ。金木犀ってどんな木なんでしょう?どんな花なんでしょう?どんなかおりがするんでしょう?小説や漫画の描写、その字面で夢がふくらみつづけています。だれか、私が金木犀の下を歩いていたら、肩を叩いて教えてね。
posted at 01:35:20

2010年10月10日(日)
おはよう。「10/10」(線と丸)を毎日一定量書き続けると、絵が上達する(昔、予備校の講師に言われた)ので、ずっと10/10でいいんじゃないか。
posted at 07:14:54

生原稿だと、ぐっと良く見えるタイプの詩があるのね。そういう発見もありました。
posted at 15:43:44

2010年10月11日(月)
そして、孤独な地方在住詩人だった私は、repureの皆さんの温かさに感激すると同時に、そのあまりにも和気あいあいとした様子に(無論、勉強会の時は真剣ですが)カルチャーショックを覚えた。で、一番かわいがられていた久石くんを嫉妬のあまりいじめるのであった。そうか私はさみしかったのか。
posted at 01:00:04

店頭に並んで色んな人と一緒になったら、15才だろうが11才だろうが、もう胎児だろうが関係がない。by豊崎由美さん
posted at 01:04:36

2010年10月12日(火)
知識の体系化を目指そう。自分の詩集を武器のように携えるのは、いい加減やめよう。私は私の中にきちんと強みを持たねばならない。あるいは私を超えた外に。それは、感覚などという不確かなものではいけないのだと思う。詩を遺物にしないために。
posted at 00:53:21

2010年10月13日(水)
お、おとこなんてきらいだー!涙
posted at 14:37:35

立ち直れないので、図書館で書きものします。ぐすん。世の中の半分の人間がきらいだなんて、いよいよ社会に適応できない。
posted at 14:39:22

2010年10月14日(木)
ぐぶう。明日(今日)1限からだったね。歌会もまともに出れないようじゃ駄目だな。勝手に消えてすみません。ここ数日図書館にこもりすぎて、大して日を浴びない内に夜になってしまう。活字の幸せ。読書の場は刑務所が理想、という話に共感してもらえてすこぶる嬉しかった。おやすみなさい、お月さま。
posted at 02:48:45

もっと頑張れるはずだ。集中しよう。
posted at 14:38:59

2010年10月15日(金)
おはよう?あれ、記憶がない……。ベッドの上に5つくらい本の山をつくってしまって、寝返りが打てない上に、身を縮めねばならなくて追いやられている。私の阿呆。どんな締め切りよりも授業のレポートが難所です。さあやるぞ!
posted at 00:37:45

2010年10月16日(土)
シンポジウム、お越しくださったみなさま、ありがとうございました。全くの初心者で、パネラーお試し期間中、みたいな私でしたが、杉本さんにはもちろん、他の詩型の方に随分助けていただきました。ありがとうございました。
posted at 21:54:56

稚拙な話ですみませんでした。鳳凰の間は確かに懐かしかったけど、7年前とはさすがに空間感覚が変わったみたいだ。締め切りとかレポートとか意識から滅却させて、とりあえず寝ます。。
posted at 22:00:35

ひとりで壁にむかって、砲こう(バカ携帯で字がでてこない)か、爆笑したい気分だ。
posted at 22:04:52

2010年10月17日(日)
『本当は記号になってしまいたい』と打ち込んだつもりが『本当は記号になってしまいました』と打っていた。。紙に鉛筆で書くように、さらさらと淀みなく打っていた。。
posted at 13:05:57

2010年10月18日(月)
おととい、シンポジウム直前の凝り固まった手を、今橋さんに揉みほぐされて死ぬかと思うほど気持ちよかったです。一生忘れられない経験になりました。
posted at 02:02:03

2010年10月19日(火)
折れないことだけが取り柄なのだから/ここで踏み切り/おやすみなさい、お月さま。今日もいい日になるといいね。
posted at 02:14:37

充電がひつようだ/歩いた場所から/水が吹き出す/ボタンをとめれば/袖と手首が微妙にズレる/かわく/また落とす/沸き立つ
posted at 02:18:31

味のしない/ゆびをかみつづける/指紋をさいしゅ/できる舌は/魚になって/つむじ頭がたいりょう/そら
posted at 02:22:27

「誰かに頼まれて書いているわけではない、自分からはじめたことなんだから愚痴はいわないこと」と、初めての担当編集者にいわれました。意識していないと難しいことですが。/「mina」小川洋子インタビューより
posted at 17:30:58

2010年10月22日(金)
高2のとき、ある新聞のインタビューで「書くことが苦しいという気持ちがようやくわかりかけてきた」と話した後、ひとと会う度「なんで苦しいんだ?」「苦しいのになぜ書くの?」と前のめりで問われるようになり、以来ややこしいことを言うのはやめました。
posted at 11:20:06

近頃、夢の中で刃物(包丁や小型ナイフ)を握った男性に出くわすことが多いせいか、道ゆく男性の手に光るものが悉くナイフに見える。
posted at 18:25:41

刃物を握った男性がいることに、雑踏の中で気づいているのは私だけ。見ると男性と目が合う。男性は長身である。私、必死に逃げ出す(でも、追われたことはない)。
posted at 18:29:14

2010年10月27日(水)
心配される度に、散々「へいきです」「好きでやってる」「これくらいが丁度いい」と請け合っておきながら、案の定ダウンした自分が情けない。。反省。。
posted at 01:43:59

まあ、実際の会話でいちいち、この言葉、呼びかけ、挨拶がおかしい、などと訂正していたらきりがないのだが。ひとそれぞれ自分の文体を持っていて、そのひとつが口から出てるような気がする。どんな人と言葉を交わすか、また、どんな本を何ページ読むかで、明らかにその日のアウトプットの質が変わる。
posted at 18:10:35

文学に関心のない母は、たまに私の文章と、同じ誌面の大御所のそれを平気で並列させて「この何とかってひと(とんでもない大御所)は、ずっとうまいね」などと言ってくる。その度に「そりゃそうだよ」と苦笑したり、妙に気落ちしたりするのだけど(続
posted at 21:31:39

2)名前や、そこに付随する事柄で読み手から譲歩されるようではいけないのだと思う。譲歩してくれるひとなんて、ごくひと握りだ。悪書も良書も、値段は殆ど変わらないし、同じだけ場所をとる。わざわざ下手なものや、センスの悪いものに身銭を切るひとはいない。
posted at 21:44:45

3)「最後まで読んであげよう」という心の広い読者がそういるとは思われない。
posted at 21:51:52

2010年10月29日(金)
悔しいことを理由に泣くことは、良しとされているのです。
posted at 19:28:07

2010年10月30日(土)
一生懸命仕事してダメなら許せるけれど、仕事以前で失敗してしまう。張り切っていたのに、時間切れで破談。悔しいことこの上ないです。もともと誰かが断った話が運よくころがってきただけだったのでしょうが、逃したくなかった。。反省。
posted at 02:05:59

「一生懸命仕事してダメなら許せるけれど」否、これだって身を切るように悔しい。でもそっちの方がどんなにいいか。今回は肩すかしをくらったようで、悔しがればいいのか何なのかよくわからないので、つらいのだと思う。でも……、今後に生かせばいいのさ(前向き)。
posted at 02:10:55

2010年10月31日(日)
昨日の朝から、ときどき右まぶたが痙攣する。特に弊害はないが、気味がわるい。ストレスや睡眠不足が原因らしいので、休めば治る。休む……それが問題。これも自分と認めざるをえない展いってきました。
posted at 22:55:07

【続き】2010年下半期の瞬間的感慨。②
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by moonpower0723 | 2010-12-31 19:41 | ことば
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今年の2月から、何を思ってかツイッターをはじめました。
2月から12月31日までのツイートの一部を残します
この記事は2010年7月から9月までのツイートのみです)。

<ツイッター連詩>に投稿したツイートに関しましてはこちらを御参照ください。
ツイッター関連まとめはこちらです。

私にとって、今年はすこぶる濃い1年でしたから、
気分も考え方も瞬間的に変わってしまいます。
読み進むうちに矛盾を孕んでくるかもしれませんが、
そんな矛盾を検証するためにも、記録しておきます。
何より、瞬間的に詩人になってみたり、
学生になってみたりしているのが、
私自身は面白かったです^^;
どこか病んでいたり、我を張っていたりするツイートも、
そのときどきの実感として残しておくことにしました。
いま読み返すと、自分のツイートに対して
「これは違うんじゃないか」と感じることも沢山あります。
来年は磨きをかけて、精進していきたいです。

2010年下半期の瞬間的感慨。①
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by moonpower0723 | 2010-12-29 13:09 | ことば
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今年の2月から、何を思ってかツイッターをはじめました。
2月から12月31日までのツイートの一部を残します
このページは2010年上半期(2月~6月)のツイートのみです)。

<ツイッター連詩>に投稿したツイートに関しましてはこちらを御参照ください。
ツイッター関連まとめはこちらです。

私にとって、今年はすこぶる濃い1年でしたから、
気分も考え方も瞬間的に変わってしまいます。
読み進むうちに矛盾を孕んでくるかもしれませんが、
そんな矛盾を検証するためにも、記録しておきます。
何より、瞬間的に詩人になってみたり、
学生になってみたりしているのが、
私自身は面白かったです^^;
どこか病んでいたり、我を張っていたりするツイートも、
そのときどきの実感として残しておくことにしました。
いま読み返すと、自分のツイートに対して
「これは違うんじゃないか」と感じることも沢山あります。
来年は磨きをかけて、精進していきたいです。

2010年上半期の瞬間的感慨。
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by moonpower0723 | 2010-12-29 13:01 | ことば
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喉の奥を背かせても/吸いこんで吸いこんで身をくぐらせる。/「眼球なんてしこりです、でも /修飾に甘んじるわたしたち/お話ししよう、吹きすさんで/音を踏む(蓋下ろされる間近に声を絞って)/朝、「鳴き足りない」とばかりに震える定刻/端的に言えば「まぜるな危険」/血球の中は風通しがよくて/(魔女はこの声と引き換えに私を詩人にしてくれた)/ほどなくして、全てがほのめかされました/ここで待てば会えるのでしょうか/身重の女の隣でまるくなって眠る/飛び交う短冊の名前は「なれますように」「なれますように」 /誰かと結びつくためにある、差異/みぎ肩を撫でて、沈みゆく澱(おり)/手首は秒針と共に脈打つので/みっつ 羽蟻のようなかぼそさであなたを貫きたかったこと/皿の上に林檎をおけば、さいげんなく皮ほどけゆく、これはじゅんかん。/刃先のゆるみを許さないから、裂けていく あたらしいくちびる/ほとばしらないで、まだここにいて って私 紙ヒコーキを折り続けてしまう/花序に縛られるのは厭 このくびすじに鎌を振るって/ 嘘つき! 別々に濡れながら、私たちは同じことばを口にしていた/あいつの赤は僕の青だから 渡れ。/隠喩の縫い目を光もまた見つけられない。/暗喩の縫い目を照らし出そうとして/紙のうつわに底光りする。



  ∮ ∮ ∮

「現代詩手帖」のツイッター連詩企画に投稿するかたちで
2010年7月1日から6日にかけて、突発的に飛び出してきたことばたちです。
なお、この内の4句は「現代詩手帖」編集部に採用され、
「現代詩手帖」8月号の連詩「テスト。これはあなたに、」の一部として掲載されました。

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by moonpower0723 | 2010-09-13 13:02 | ことば

東直子『愛を想う』から

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  み        ひ    と    も    じ  

愛を想う

東 直子 / ポプラ社



短歌と、絵の本。
図書館に返却する前に、記録を取る。

木村達朗さんの温かみのある色づかいと、東直子さんの芯のあることばたち。
短歌というかたちに落とし込まれた、愛おしい日常の風景。

気に入った歌を8首、紹介させていただきます。



かわくとき少し反るのがいとおしくサンドイッチをはさむてのひら


いっしんにねじこんでゆくコルク栓どこで生きてきたとしたって


わたしすぐ死ねって思うし口にするから川をみにゆかなくちゃ


忘却のこめかみが身体じゅうにあるようなアゲハチョウの幼虫


ふりかえればあかるくわらうおもいでもあおぞらあおぞらあおむけで寝る


思ったこと溢さないよう立ち上がるわたしはわたしを恐怖している


ここで泣いた。思い出した。生きていた。小さな黒い虫になってた。



あかいあかいゆうひのなかにだめになりそうなあなたがいそう、いそうだ



好みの問題でしかないのだけど、
モチーフ(食べ物、生き物)や、色が目に浮かんでくるものに
私はつい惹かれてしまうようだ。
「わたしすぐ死ねって思うし――」の歌は、重い内容なのに
何度も唱えたくなってしまう恐ろしさがある。三十一文字のマジックか。

描きこみすぎていない木村さんの絵が心地よい。
色だとか、描かれている物だとか抜け落ちた部分が
東さんの短歌の喪失感と程よく響き合っている。

正直なところ、歌集のタイトルを見た時にある固定観念が発生し
(「思う」を「想う」と書く神経も生理的に許せないのだ。
小学生時代に「片思い」を「片想い」と交換日記に記した甘ったるい同級生を思い出させるから)
借りることを躊躇したのだが、中身を見て率直に「いいな」と思った。
東さんは平仮名のやわらかさが好きなのだなあ。
あとがきも、平仮名と行分けが多くて浮遊感があり、詩のような文章だった。

ふうせんがぱんぱんになって、
こわれそうになると
わたしもひらがなで文をつむぎたくなる、このように。
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by moonpower0723 | 2010-03-13 17:07 | ことば
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ナツヤスミ語辞典 21世紀版
成井 豊 / / 白水社
ISBN : 4560035490




■演劇部での日々 ~キャラメルボックス~

中学時代、私は演劇部に所属していた。
顧問の先生の好きな劇団が、キャラメルボックスだった。
独特の長台詞をオーバーアクションを用いて一気に読むキャラメルボックスの舞台は、
当時、部員たちが必死になって入賞を目指していたコンクールでの模範的優秀作品(なるべくリアルに。アクションは、必要なものだけ。やりすぎたコメディはよろしくない)とは、はっきりいって正反対だった。
しかし、あくまで、先生が演劇のお手本として選んでいるのは、キャラメルボックスだった。
部員たちは、その手本を信じて、コンクールの入賞を真剣に目指していたが、少々不毛だったかもしれない。
まぁ、とにかく
元気のいい中学生が演じるキャラメルボックスもどきはすこぶる評判が悪かった。
というのも、キャラメルボックスというプロの集団だからこそ、あの長台詞と不自然なオーバーアクションで観客を魅せることができたのだ。滑舌の悪い素人中学生が、長台詞をわめいたところで、何を言っているかさえもわからなかっただろう。
そんなわけで、私の中学3年間はキャラメルボックスに憧れた日々だった、といっても過言ではない。


■ナツヤスミ語辞典 ~詩人~

演劇部の基礎練習として、部員が円状に連なって座り、適当に個々の役を決めて、課題脚本の読み合わせをする、ということを日常的に行っていた。その練習に使われていた脚本もキャラメルボックスの上演作が中心だった。
息も絶え絶えの長台詞を得ると、部員は嬉々となって演じていた。
練習に使われていたキャラメルボックスの上演作のひとつに「ナツヤスミ語辞典」があり、私はこれが大好きだった。単純に夏が好きだったし、この脚本には、素敵な夏がいっぱい詰まっていた。長さが長さなので、実際に演じたことはなかったが、基礎練習では数え切れないほどこの脚本にお世話になった。

先日、図書館でシナリオコーナーをあさっていたところ
「ナツヤスミ語辞典 21世紀版」を発見した。
懐かしさのあまり、手にとってぱらぱらとめくってみる。演劇のことばで満ちていた部室の空気が一気によみがえる。21世紀版、初版からかなり改編されたものらしい。
さっそく借りて読んでみたところ、その面白さに脱帽した。こんなに複雑なストーリーだっただろうか??まったく忘れてしまっている。何より、会話が淀みない。リズムがある。演じている方も楽しめるように創ってあるのだ。
読んでいるだけでは、物足りなくなり、思わず台詞を発してしまう。すると止まらなくなり、部屋で一人、何ページにもわたり、台詞を読み続けたのだった。

1991年、「ナツヤスミ語辞典」初版のあとがきで作者の成井豊さんは以下のように語った。

僕は詩人になりたいのです。詩のかけない人間が詩人になるにはどうしたらいいか。僕は僕なりに考えてみました。(中略)
詩を書こうとしなくても、詩の心さえあれば、その人の書いたものは詩なのです。(中略)
とすれば、僕も詩を書こうとしないで、戯曲を書くことで詩に到達することはできないか。お客さんに見て楽しんでもらうという、およそ詩とはかけ離れたところから、詩を目指すことはできないのか。

このまっすぐなことばが私には衝撃だった。
多くの詩に対して抱いていた物足りなさ、
それはただ詩という形式にのっかって書かれているということへの不満だったのかもしれない。
詩は単純に“書く形式のひとつ”ではないのだ、詩は心なのだ。あるいは身体なのだ。詩は人間そのものから生まれてくるに違いない。

そして、12年後。
2003年、21世紀版のあとがきで成井さんは

脚本を書くことで、詩に一歩でも近付きたい。この思いはいまだに変わりません。おそらく死ぬまで挑戦し続けることと思います。

「ナツヤスミ語辞典」
読後、まさに一編の詩の世界にどっぷりと浸れたような
あたたかい気持ちになれる脚本である。

私は、成井さんの挑戦を応援したい。
成井さんの脚本を上演し続けるキャラメルボックスの活躍にも注目している。
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by moonpower0723 | 2008-05-09 23:20 | ことば
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ことばが私に言うんだ。
“もっとどきどきしろ”
血管の中で
細かいあぶくがたつように
もぞもぞする。
ああ、生まれそう。
詩が生まれそうだよ。


ある詩人さんのブログを見てたら
すごいどきどきした。
わけもなく。
あらゆることが。


涙が出そうで出ないとき
ことばを舌の上で味わうとき
活字が白い紙に刻まれ始めるとき
私の糸はたゆたいながら、
つむがれていく。

ひっきりなしだ。
ことばをゆるがせにしないでください。
世界はことばだ。


中学三年生のとき教科書で
「14歳からの哲学」で有名な女性哲学者、
池田晶子さんの書き下ろし「言葉の力」を読んだ。

ちょうどいまくらいの時期だったと思う。
それについての感想や意見を教室にいる全員が
発表させられていたけれど
「ことばが世界をつくった」という彼女の意見に
賛成できない生徒がとても多かったことをよく覚えている。
けれども
私にとってはちっとも極端な話ではなく
どちらかといえば
心の隅で感じ取っていたものを
池田晶子さんが哲学として
ことばにしてくださったので
とても感慨深かった。


ちなみに、池田晶子さんは
今年の2月に46歳という若さで亡くなった。
すぐさま書店では
池田晶子さん急逝を偲ぶ、
として特集がくまれ、
哲学からエッセイまでさまざまな著書が
ならんだ。
ことばが本になること。
本になった文章が読まれ
読者の心の中でことばになること。
どきどきする。

池田晶子さん、
私はどきどきしますよ。


ちょうど一年位前に自分が書いていた文章
を読んで
どきどきする。
あのころに比べると
私もまるくなったのかなあ。
けれど
ことばがまるくなりすぎるのは
あまりいいことではない気がする。


ことばは私を幸せにするのか。
不幸にするのか。
ことばをモノにできるのなら
不幸など怖くないと
胸を張っていられた自分は
幼さゆえの拙さ。
いま思い返せばとても小さい。
けれどもけれども
ことばが好き。
焦がれる。
もう逃れられない。
逃れたくない。
逃れたくないのだけれど
逃れたいふりをして
つかまってみせる。
ことばをモノにすることはできない。
それは確信だ。
だからこそ
もっとことばを知りたい。


矛盾を感じるとき
それをことばにして
世界を正していく。
矛盾を正す。
自分を正す。
正すことを正される。
物語性によって
現実性は正される。


ああ、想像するだけで
わけもなく、どきどき。





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by moonpower0723 | 2007-09-23 16:43 | ことば

文学少女は詩人をめざす


by moonpower0723