「詩の黄金の庭 吉増剛造展」/カルチャーナイト
2008年 07月 26日
先日まで、展示会場である北海道立文学館にて主に行われた吉増剛造展のイベントに通いつめていましたが、
やはりイベントのある日は、人も多いですし、17時の閉館まで
イベント終了後あまり時間がありません。
17時までなので学校帰りに寄ることも困難でした。
そのため吉増剛造展をまだじっくりと見ることができていなかったのです。
6月29日は展示室にはいったものの、閉館まで30分ほどしかなく、
展示の中ほどで時間切れになってしまいました。
そこで私が目をつけたのが、本日文学館にて行われた、カルチャーナイトという催し。
17:30~22:00まで、文学館を開放し、
文芸関係書や児童書を並べた古本市、絵本の朗読パフォーマンスショーを開くというもの。
特別に常備展示室を無料で見ることができます。
もちろん吉増剛造展も有料で夜間開放されます。
さて、今日は夏期講習の最終日。講習後の部活も終えて、
その足で文学館へ寄りました。
私が着いたのは16時半過ぎで、時間がありましたので
ロビーに置かれた文芸誌を熟読。
「新潮」8月号に載っている
多和田葉子さんと川上未映子さんの対談「からだ・ことば・はざま」。
このふたりが対談するなんて、ちょっと夢みたいなんですけど!
どきどきしながら読みはじめました。
ところが、思った以上にその内容に共感してしまって、
警備員さんの不審な視線をものともせず、うんうんと頷きながら一気に読みました。
対談企画をここまで熱心に、楽しく読めたのは久しぶりだなぁ。
たぶん、対談をしている“先生”のお話を聞いている“生徒”という立場ではなく、
“対談のメンバーに加わっているひとり”として川上さんと多和田さんと
お話ししているような気持ちになってしまったからですね。あわわ、妄想が凄いよ。
けれど、文字の形にひそむ音楽性ってよくわかる気がするんです。
ことば自体が持っている音とは違うものなんだけれど、
それらが一緒になったとき「これ以外はありえない」と思わせられるというか。
事物はともかく、私は“ことば”よりも“からだ”という文字が持つ音楽性が好きかもしれない。浮気してみたくなる。“からだ”にもっと寄り添った生活を送りたいなぁ。
いま改めて“はざま”という文字を見て、詩ボクの間 瞬選手を思い出しました。ぶっ。
そんなことをしていると、
携帯に着信が入りました。
いま全国大会で東京に行っている放送局の子から、でした。
以前、私の高校の放送局が製作したラジオドキュメント(なぜか私が取材対象汗)が全道大会にコマを進めた話を書いたと思います→この記事
あれから、全道大会2位という成績で全国大会へ進出したのです!
また、個人のアナウンス部門で私のことを題材に発表してくださった3年生の方も
全国大会進出を決めました。
昨日の時点で、どちらも準決勝に進出した、というメールをいただきました。
ただ、ラジオドキュメント部門は準決勝進出の40本の内4本しか決勝にはいけませんし、
アナウンスの方も60人から10人に絞られますので、「どうなるかわからないね……」という話でした。
とにかく、いったん文学館の外に出て、
電話をかけなおします。プルルルプルルル……プツッ
「もしもし~?」
耳から向こうの興奮している様子が伝わってきます。
「ええっ、3位!?」
な、なんとラジオドキュメントが全国大会で3位になったそうです。
審査の際、紅白歌合戦が行われるホールで番組が流れたそうな。
なので、当然私の声も響いたのでしょう。
後日、NHKのラジオ局で流れるそうなので、詳しいことがわかりましたら、
ここでも改めてお知らせしたいと思います。
興奮とお礼のことばを受け取って、再び文学館の中へ。
ロビーが少し賑わってきました。
17:30、下の階の会場へ降りていくと
ずらりと文芸書、絵本、画集など、さまざまな本がならんでいました。
お客さんたちは本を手にとったり、読んでみるなどして、熱心に自分のお気に入りを探していました。ひとり制服に通学鞄で歩き回る私、案外私が狙っている本は他の方にとってもそうだったようで、「あれ、あの本ない!」と思ったときはすでに遅し笑。
けれども、それも古本市の楽しさ。
計6冊購入しました(初めに4冊、吉増展を鑑賞後またじっくり物色し、プラス2冊)。
内4冊が詩集で(原価が高いでしょ♪)、1冊は山田かまち「17歳のポケット」。。。
またかまちを買ってしまった汗。しかも「17歳のポケット」は文庫版持っているにも関わらず笑。これで彼の詩集を3冊持ったことになります。同じ作者の詩集を3冊、他にはないです。
また、1989年に行われたらしいアルフォンス・ミュシャ没後50年記念展の図録を買いました。ミュシャについては、絵を「見たことがあるなぁ」という程度の認知度だったのですが、図録を見て驚きました。鮮やかな色合い、細かな線づかい、女の人の微妙な表情をとらえています。強いまなざしでこちらをみる女性たちに魅了されました。ポスターなどの商業デザインとは信じられないほどの、ぞっとする美。毎日でも眺めたいです。これほど絵に強く惹かれたのは久しぶりだったので、嬉しくて図録の重さも忘れて購入。昨日がミュシャの誕生日だったようです。つまり7月24日。私の誕生日はその前の日ですから、ちょっと運命を感じます。
それから「月刊 たくさんのふしぎ みずのかたち」(文・写真 増村征夫)をなぜか買ってしまいました。もちろん対象年齢はたぶん幼稚園から小学校低学年、といった感じの写真絵本雑誌なのですが、写真と文章のきれいすぎないところが気に入りました。作者独自の感性が生きています。
絵本のパフォーマンスショーも少し見ました。岸田典大さんという絵本パフォーマー(?)の方。音楽とそれにあわせて間をとりながら声を発します。ときどき激情にかられたような読み方をします。なるほど朗読ではなくパフォーマンスです。
迫力がありずぎるのでしょうか、たびたび外にも子どもの悲鳴(?)が聞こえてきて
たのしい夏だなぁと思いました。
吉増剛造展へ。濃い1時間半を過ごしました。せっかくの夜間開放なのに、私以外に展示を見ている方はひとりしかいらっしゃらなくて、その方もずいぶん急いだ様子でせかせかと歩いていってしまいました。そんなわけで、たったひとり吉増さんの空間にとりのこされた私。入ってしばらくして、靴を脱ぎたくてたまらなくなりました。なぜかはわかりません。けれど、どういうわけか靴を脱ぎたくてしょうがないのです。結局その欲求は展示会場を出るまでずっと続いていました。脱ぐわけにも行かず、片足のかかとだけ靴からときどき出してみました。展示棚にかぶりつくように見ました。誰もいないので、心も身体も自由でした。吉増さんの「石狩シーツ」の朗読音声が流れている短い通路にじっとこもりました。音に激しくいじめられている気がして、泣き出しそうになりました。涙をこぼす限界、足のつま先に波が触れるか触れないか、そんな場所につれていかれました。けれど、そこを過ぎると波にさらわれても良い気がして、先の展示へ進むことができました。吉増さんが関わった古い同人誌に《帷子耀 特集号》の文字を見つけて心が揺れ動きました。また古い詩誌を眺めていると、「詩学」がなくなってしまったことがいまだに信じられない気持ちになりました。展示された詩は全部拝読しましたが、「朝狂って」「燃える」がやはり一番印象的でした。何より最後の一行がもつ重み、勢い、激しさ。一度読むと忘れられないリズムを持っています。
そして、吉増さんはこのリズムのままに生きてこられたのだな、ということがよくわかります。思わぬ変則が加わりながらも、けして殺されないリズム。むしろますます生きるリズム。。。
展示会場を出ると、
花火大会の休憩のためにたち寄ったという感じの外国人の集団(みんなギラギラした服を着てました)がソファにどっかり腰をおろし、大声で喋ってるわ
さらには館内でピースサインでパシャパシャ記念撮影していたので、絶句しました。
観光客かしら。
展示されている彫刻にキスして写真撮影。。
いくら観光客でも、そういう場所じゃないことくらいわかるでしょう汗。
文学に興味ないってか。
吉増剛造展の余韻をひきずったまま、
花火大会へむかう人々にもまれて、帰りました。
浴衣のようなそうではないようなワンピースを着ている3、4歳くらいの子がいて驚きました。
フリルのついたワンピースなのに、たもとは長く、派手な帯。。。
確かに可愛いけれど、私が親ならやっぱりちゃんとした浴衣を着せてあげたいです。。。
たのしい夜でした。
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by moonpower0723
| 2008-07-26 00:16
| 詩の仕事