ケータイ小説への拙い反感
2007年 06月 02日
さっき、皿洗いをしながら、テレビを見ていたら、
いま流行の“ケータイ小説作家”の特集をしていた。
初版10万部って…思わず絶句した。村上春樹だって、赤川次郎だって、初版10万部は刷られていないだろう。
キャスターの方も言っていたが、名前は匿名でありながら(匿名だからこそ書ける作品の作者でありながら)、テレビに顔をだし、自分の過去までさらけ出すとはどこか矛盾している気がした。
少し前だが、男子高校生がケータイで書いたという「りはめより100倍恐ろしい」が、青春文学大賞を受賞した。角川書店「野生時代」の新人賞で、賞金は300万円、連載執筆権まで与えられる。
まぁ、番組中であげられている“ケータイ小説作家”というのはそれと別ものだろう。おそらく“魔法のiらんど”発の小説のことを指していると思われる。
学校の中でもケータイ小説の貸し借りは絶えない。
画像は、私が唯一もっているケータイ小説、Yoshiの「Deep Love」だ。普段本など読まないクラスメートが貸し借りしているのを見かけ、興味をもったのだ。しかし、2、3年前に買ったにも関わらず、どんなに努力を要しても話の最後まで未だたどり着いたことがない。
Yoshiが世に出てきた頃はケータイで小説を読むということが、新しいとして話題を呼んだ。
そして、いまはケータイで小説を読み、書くことが普通となった。
私の近所の書店に、一冊だけ「現代詩手帖」が置かれるようになった。誰も買うようすはないけれど、それでもすごく嬉しかった。
けれど、それと同時期にケータイ小説コーナーができた。それは日に日に大きくなり、数々の文学をおしのけ浸食し、けばけばしい表紙が平積みされ……。
帯のコピーに惹かれ、本を開いてしまえば、萎えるような会話ばかりの横書き文章……。
批判するつもりはないけれど、やはり素直には喜べない。
友達に好きな本を聞くと「恋空」と答える。私はそれに「私も読んでみよっかなー」なんて笑顔で返してみせる。もちろん嘘だけど。
でも、特集を見ていて痛いほど感じた。
ここでくすぶっている私こそ、萎えているのでは?と。
「書きたい」その気持ちを抱えたまま、日々を流す私は大嫌い。
久しぶりに小説書いてみようかな。
もちろん手書きで。
忙しさからの言い訳なんかもう許さない。書ききれるかどうかの不安より先に書いてみれば?
……という記事をケータイで打ってみる実験。
迫る定期試験なんかに邪魔させない。
まずは、白いページから始めたい。
なんか久しぶりに熱くなってしまった。。。
後から読み返すと、すごい自分が利己的な感じがして腹が立ってきました。
すみませんでした。
気にせず、私はわたしで読みたいものを読む、書きたいものを書く、それでいいのに。
まぁ、ジャンルにこだわらず読むのも、勉強ですから、どんなにつまらないものでも最後まで読み通すというのが、一種私のプライドなんですよね。それを壊したという点でやはり、ケータイ小説は私にとって異物というか。試験頑張りますね。
読んでくださり、ありがとうございます。一読一回クリックしていただければ幸いです。
あなたの拍手でもっともっと頑張ります!よろしければ一言メッセージにハンドルネームを入力して送信してくださいね。
「もっと送る」をクリックすると画像が変わることがあります。
by moonpower0723
| 2007-06-02 11:59
| 作家になりたい。