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図書新聞とオニと虚無

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日は、高校が推薦入試でお休みだった。頑張れ高校受験生。

2月7日号の「図書新聞」で、
批評家・飯吉光夫さんに個人誌「月光」創刊号や、
現代詩手帖の年鑑に載せてもらった詩「花火」(創刊号収載)が少し触れてもらえた。

吉さんは年鑑の<本年度、印象にのこった詩>アンケートで、
私の詩「黒髪」(今となると恥ずかしい受賞後一作)を取り上げてくださったので
「『月光』読んでくださるかも」と調子にのって、
お礼のお手紙と一緒に送りつけてしまったのだが。。。
飯吉さんが図書新聞に連載で文章を書かれているとは、知らなかった。
図書新聞には直でも送っているのだけれど、
思わぬルートで取り上げてもらえて、びっくり。もちろん嬉しい。

飯吉さんの文章はこちらでご覧ください。

れにしても、図書新聞には、蜂飼耳さんの不思議な批評文も連載されているし、
WEB限定で、杉本真維子さんのエッセイも連載中だし、
2月7日号は、東京ポエトリー・フェスティバル2008に関しての記事が大きくでている。
もしかして編集の方の中に、「現代詩手帖」や詩が好きな方がいらっしゃるのかしら。。。
と、少し思いをめぐらせました。面白そうだ。毎週チェックしようかな。
書店で新聞らしきものを立ち読み(コラ)している女子高生がいても、
競馬にはまっているんだな、と納得してその場を去るべし。

日今日、と連休だったけれども、明日から模試なので、かなり落ち着かなかった。
落ち着きが無いだけで、勉強できないのが私のいつものパターンなのだけれど。。
それでも昨日は髪を切ってきた。
前髪の切り方がいつも(同じ人に切ってもらっている)より雑だっただけで
「美容師さんと無駄におしゃべりするな!」と勘ぐられて、母には怒られる。
いいじゃないかよう~。でも、最近美容師(男)さんから“オニ”とか形容されるよ。いやだねぇ。

曜日は、キャトレールで青山七恵、その勢いで家でよしもとばななを、それぞれ一冊一気読みした。たまに、ものすごく軽くて健全な小説が読みたくなることがある。
達した結論:世の中にああいう本は必要だ。

が久しぶりに友達とお食事会に行くことになったので、今日は一日家に居て祖母を見ていることになった。
見ている、と言ってもあまりできることがない。ともかく私ひとりのときになにか粗相がなくてよかった。ほっとしたけれど、祖母は頭が良いので、母が帰宅してからきちんと現実に引き戻してくれる。本当に頭がいい。
祖母のことは、
世の中に蔓延している「呆けた年寄り」のイメージとして批評してもらいたくない。
というのは、父が一番それをやりたがるので。
祖母を赤ん坊にたとえて、
「みんなに甘えたいんだぁ、ひとりじめしたいんだあ」
「赤ちゃんにもどっちゃってるんだから、みんなもっと優しくしてあげなくちゃあ」
という言葉には思わず嫌悪を覚えてしまう。
現実を批評したって救いにはならないことの方が多いと思う。
もう何年も前から我慢していたけれど、ついに言ってやったぞ!笑
あまりに凄いものを目の当たりにしたとき、
私たちは「すごーい」なんて空しい形容はしないものだろう。
まぁ父に当たったところで仕方が無い。祖母も父も「そういう人」なのだと考えよう。
反抗期を脱したせいか、一種の諦めなのか、だんだん家族が好きになってきた。
だって、人間なんだもん。私の家にいるのは少なくとも人間だから。
学校に居る人はよくわからないな。あれは日常の風景のようだ。

いものを読みたい症候群なのか、愛しの山田詠美を読んでいて
AMYはAMYでも、「ぼくは勉強ができない」を再読。
“みんな読んでいる本”が苦手(ヘタすると読まず嫌い)な私だけれど、
こういう本はスイスイ読めて、読書の楽しさが倍増する。
“虚無”なんて言葉は、幸福な人しか使えない、という話に思い当たる節あり。

――虚無ね……
使うことあるけれど、私の中では「何かだるい」、と同意義かも。

が自分の“悩み”に一番敏感だったのは10歳のころで
(センチメンタルとか、空虚とかいう言葉にあこがれていた)、
ここ2、3年は、埋め立てられたように悩んだ記憶がない。
“悩み”が無くなったわけではなくて、あったのだろうけれど、
「あなたの悩みは何ですか」と聞かれて、とっさに口に出来るようなものは無くなった。
皮肉でも冗談でもなく、私ははたから見て幸福だと思うから。
悩んでいる=不幸 というよりも、むしろ 悩んでいる=幸福 でしょ。
自分が「悩んでる」って意識した瞬間はすごく気持ちがいい。
最近、それをまったく体験していない。それが私の悩みといえば悩みかなあ笑。



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by moonpower0723 | 2009-02-12 21:45 | 詩の仕事

もっと肥えろ。

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明後日が高校の推薦入試なので、
午前は授業、午後は掃除だった。
昼休みは美術室でミーティング。みんなの前でちんたらと話をして終了。美術部の友達に、スピッツのアルバムを2枚貸して、ミスチルのアルバムを1枚借りた。
同じ友達に、昨日の夕刊の記事をあげた。先生と札幌の話をした気がするけれど、もう忘れた。美術準備室にこもって、「リトルモア」に載っていた「うさぎ狂い」という小説を読んでいたら、校内アナウンスに「玄関を施錠する」と脅されたので、読みかけの「うさぎ狂い」を伏せさせて準備室を出た。ちょっといかれた小説だったのだが、描写が丁寧だったので好感がもてた。クラスの友達とバス停まで一緒に帰った。
バスを降りるとき、後ろを振り返ったら、誰もいなかった。どの座席もつるっとした顔していた。
久しぶりにキャトレールに寄った。書籍掲載の取材に来た方が店内の写真を撮っていた。私の背中も写ったかもしれない。「月光」は創刊号がまた1冊売れていた。置いてもらっている場所がいいからか、物珍しいからか。あそこのお客さんとはとても相性がいい。私を知らないで買ってくださる方の存在は貴重だ。2号を納品する。Nさんいわく江古田ちゃんみたいな女の子が、蜜をかけられて、レジ前に横たわる。表紙絵の稚拙さがかえって目立つ。
ケーキとコーヒー。今年食べたケーキの中で一番おいしかった。
お店の本棚にあった青山七恵の「やさしいため息」を、気がついたら読み終わっていた。
一日で一冊を読み終えたのは、ひどく久しぶりで、それが青山七恵というのも何なのか。装画がオカダミカだったので、嬉しくなって読み始めただけだったが、暇つぶしにちょうどいい一冊だった。それって、ある意味すごいことだ。青山七恵は着実にうまくなっている気がする。少なくとも、芥川賞受賞作より数倍好きだ。そういえば、mixiにはオカダミカのコミュがない。誰かつくらないだろうか。彼女の描く女性は線が生々しくて大変よろしい。
地下鉄乗ったら、素晴らしくズレたタイミングでメールがきた。
明日と明後日休みだけれど、これは明明後日からの模試に備えろ、という学校側の暗黙のメッセージがしんしんと伝わる恐ろしい休日だ。
青山七恵とは対照的に、
いま読んでいる
コクトーの「怖るべき子供たち」はいつまでも読み終われない。
訳が悪いのか、回りくどくて、ときどき話がつながらなくなるけれども、
すさまじいエネルギーを感じる。

少しでも何か読んでいたい。ことばが血肉になるのを強く感じるので。
もっと肥えろ、自分。
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by moonpower0723 | 2009-02-10 18:32 | わたし

森本めぐみ個展「アイアム、ノット、ア・ガール」

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学校帰りに、森本めぐみさんの個展を見に、
中島公園駅近くのTO OV cafe ト・オン・カフェへお邪魔した。


森本さんの作品は、四丁目プラザのアートショップ、華アグラで度々目にしていた。
彼女の絵が持つまなざしの強さは、それをこちらから観察するだけではよくわからない。
「可愛い絵だね」、一目見たらみんなが口を揃えてそういうのだろうけれど、
これがなぜか可愛いだけで終わらないことが恐ろしい。
驚異的、一種の脅威的にも感じられるのだが、
森本さんの絵を思い起こそうとする度、そのまなざしの強さが増していくように思うのだった。

あるいは、背中から、
         そっと、
        静かに、
             狙われているような。


森本さんは21歳の女の方。華アグラで経歴を拝見して、驚いた記憶がある。
歳は近いのだろうけれど、近いというのは遠いことにもなるような気もする。
だが、たとえ遠かったとしても、繋げられる道はいくらでも探せそうだ。
ここには書けないけれども、いろいろと思うところもあり、
彼女の世界をもっと知りたいと感じた。
そんな矢先に、彼女の個展が開かれると知り、会期の開始を楽しみにしていた。

ギャラリーを併設するカフェ、
ト・オン・カフェには初めて足を運んだけれども、よい空間だと思った。
ギャラリーの入り口には、石畳が3つほど並べられていて、その先端に立つと、
床からが零れ、満たされ、ひたひたと私の足に触れてくるような。
そこから一歩を踏み出すのには、非常に勇気の居ることだったけれども、
水音を立てながら歩きまわっていると、
森本さんの世界に少し近づけたように思えるのだった。
床から数センチ上に足があるだけなのに水を感じさせることができるんだな、と感動した。
(けれども、存在しないについて、語り合える人は私の周りに存在するのかな、果たして)

森本さんの作品について、言いたい、語りたい、という気持ちも強いが、
自分の感覚が狂喜して勝手に走り出すのを追いかけるだけで精一杯である。
カフェに入ってきて、一番最初に飛び込んできたのは、
お店のあちこちにぶら下がったモビール。
ダンボールを人型に切り抜き(からだの歪みが、怖いほど可愛い)、
肌、表情などを吹き込んで
子どもの肌着で作ったという、下着を穿かせている。
これは、保育園のころの記憶からきているものらしい。

私も保育園時代の記憶(3、4歳)を持っている。確かにパンツ一丁だった。
保母さんの観点はどこかずれていた。
お箸の持ち方なんかは言いたいことを言い、終いには放っておくくせに、
すぐ子どもの世界に介入してきた。
保育園にあずけられる=無理やり、暗くて広い気持ち悪い部屋に連れて行かれる、
だと思っていた。
あの異様なお昼寝タイムはなんだったのか。
あんな風に、いろんなものを素直に嫌悪したり愛していた感性を一度は失い、
そしてまた取り戻しつつあるようだ。
なぜだろう。なぜ感覚は尖ったり、丸くなったりするのだろう。

「山の星々」という絵には他の作品と同じ強い赤とともに、
薄い空色の青がうっすらとたなびいていて、うつくしい。
その方向へ流れていきたくなる。
山の風景ってそんなところがある。

手作り本も展示されていて(とにかくいろいろと面白い表現をされている方のようだ)、
中でも、食べているそばから、食べたものを記録する、という試みの一冊に驚かされた。
食べ物への姿勢
(たとえば、「食べ物は裸なのに、自分は服を着てそれを食べるなんて、
食べ物に失礼だ」という思いから、裸でおにぎりを食べた記録など)
が「共感」ではないのだけれど、こういう感覚をどこで拾ってきたのか。
似ている、といっても失礼だし、なんと言ってよいのかわからない。
ただ、「お酢ときゅうり」(河童巻き)や「黄色い目」(ゆで卵)、「果実」(りんご)など、
食べ物を描いた自作詩は結構あって
(河童巻き――失恋、ゆで卵――内在する女性、りんご――母と子
のように、食べ物にテーマを重ねると、詩になってしまうのはなぜだろう)
そこに共通した流れを、
森本さんの作品の中にも感じたのだった。

いま思い出したのだが、
「ペットのお墓の墓標として使用する箸で、
ものを食べるなんて、食べ物に失礼ではないのか」という私自身の考えから、
「箸禁止令」なんていう小説を書いたことがある。
実際にやったことはまだ無い。
お弁当に、よく間違えてフォークを持ってきてしまい、
フォークでご飯を食べる友達がいるが(その姿がとても可愛くてよく似合っている)、
あれで、食べ物自体も、その味わいも変化するに違いない。

この展示に関して興味をもたれた方は、
(9月にあった森本さんの別の個展だが、一部の展示作品が被っており、
ACRYL AWARD2008の大賞受賞作品の写真も見れるので)
栄通さんが書かれた記事をこちらからご覧ください。
もちろん空間が違えば、作品もまったく別ものになるのだから、
実際に見ていただくことをお勧めする。

当初、8日までの会期で、「今日しか行けない!」と思い、見に行ったのだが、
15日までに延長されたようだ。でも、今日行ってよかった。できれば2度目も行きたい。
「現代詩手帖」のバックナンバーの数!「ユリイカ」は珍しくないけれど、詩手帖は珍しい。
通ってぜひ読み込んでみたい。
さてはて、奥井ギャラリーに忘れてきたビニ傘をやっと取り戻した途端、
今度はト・オン・カフェに忘れてきてしまった。
もはや、あのビニ傘はただの安いボロ傘などではない。
空間から抜け出るとき、透明で骨みたいなあの存在は、
興奮している目にどうしても飛び込んでこないみたいだ。

★☆★

MegumiMorimotoExhibition「I am not a girl.」      
森本めぐみ個展「アイアム、ノット、ア・ガール」


会期
2009.1.24(土)~2.15(日)

場所
TO OV cafe ト・オン・カフェ
札幌市中央区南九条西三丁目二の一マジソンハイツ1階
(地下鉄中島公園駅から徒歩1.5分)

時間
月~土 10:30~22:00
日   10:30~20:00

お問い合わせ先、カフェURL
toovcafe@nifty.com
http://toov.cafe.coocan.jp/


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by moonpower0723 | 2009-02-05 22:44 | 美術部の人々、札幌アート

詩手帖、思想、びーぐる、poeniqueららら。

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みなさん、こんにちはともこんばんはともつかない奇妙な時間です。
たぶん、書かれてもちょっと反応に困るけど、
書かなきゃ忘れてしまいそうなので、ここに報告しておきます。つまりは備忘録。
なんか、過去の作品がどう、というよりはこれからなのだけれど。
うーん、書けない。。散文は書けるのに。

詩誌の詩誌評は、書いている人にもよるけど、
「作品の解説だけになってる」とか「難しい言葉使いすぎてわからない」とか色々ですよね。
まあまあ、前者だと作品を読んでない人にとっては(同人誌の場合、そういう人が大半)
なんのこっちゃ突然批評されてもわからんし、
後者だと、褒めてるのか、けなしているのか、自分が馬鹿なのか
「???」という印象です。。
私はけっこう作品の解説だけだったりしても大丈夫で、
むしろ後者は受け入れがたかったりします。
本の終わりのほうに宣伝で入ってる、
同出版社の出版物の広告とか、熟読してしまうんです。
だいたいは、作品のあらすじというか、主人公は女だとか男だとか設定が書いてあって、
「○×賞受賞作家が送る壮大なファンタジー」
「待望の受賞後第1作!」とかで終わっていますよね。
あれを考える人とか、面白いなと思うんです。
小学生のとき、そういう広告だけを書き連ねて満足していました笑。
あれ書くだけで、もう物語を書いた気になってしまうという笑。
けれど、詩集の広告って難しいですよね。
結局一つの具体的な物語で一冊が貫かれているわけではないし
(もちろん、詩集によるわけだけど)。
適当なこと書くと、それで数十篇が判断されてしまうわけだから。

「現代詩手帖」1月号の詩誌月評(渡辺玄英氏)に、
詩誌「トルタ3」が紹介され、
主宰の河野聡子さん、山田亮太さんほか、
黒川陽子さん、佐次田哲さん、福田純子さんが取り上げられました。
ゲスト掲載の私も詩「横断歩道」が取り上げられました^^
前半は平凡に感じた、とあります。ただの情景描写にとどまりたくはないな。頑張ろう。
やはりラストの一行が効いたようです。
それにしても、渡辺氏はトルタの山の遊び方をよくわかっていらっしゃる。

「詩と思想」1・2月号(2ヶ月分合併)の年間詩誌展望(長谷川忍氏)に、
個人詩誌「月光」創刊号が紹介されました。
長谷川氏は、今まであまり触れられていなかった二作、
「花火」「金魚」について書いてくださった。
「金魚」を男性の方にあえて取り上げてもらえたのは、嬉しいことだ。
長谷川氏は、限られた文章量の中で、
いかに作品の魅力を伝え、かつ批評するか、苦悩されたようだ。
毎月毎月、大変だったのでしょうね。お疲れ様でした。

季刊詩誌「びーぐる――詩の海へ」第2号の詩誌時評(細見和之氏)に、
詩誌「あんど」9号(森川雅美氏主宰)が特集の豊かな詩誌として紹介された。
吉本隆明氏の「今の若い世代の詩は『無』だ」という
(今では聞きなれすぎて「どーせ無ですけど」と言いたくなるあの)言葉を受け、
「あんど」9号では、<特集 詩は今何を問えるか――無をめぐる冒険>が組まれた。
だが、私は吉本氏の言葉に対してメッセージを送ろうだとか、意見を述べようという気にはまったくなれなかったので、自分なりに詩について楽しく書いてしまった。
書いたけれども、その後まったく反応が無くて、
「まあ、仕方ない。
若い人でも、岸田将幸さん、中尾太一さんがちゃんとしたことを書いているのだもの」
とあきらめつつも、内心がっかりしていたのでした。
(ちなみに昨年の9月発行でした)
しかし、細見氏は、
私の寄稿エッセイ「詩よ、ことばにならないで」を長く引用して取り上げてくださった。
時評などに紹介されて、面白いなと感じることの一つは、
自分では当たりまえと思って書いた感覚を、評価してもらえることだ。
細見氏の手にかかれば、
私の詩に対する思いが、古賀忠昭氏の遺作、
金井裕美子氏の詩作品と結びつけられてしまうから面白い。
しかも、多くの作品を引用し、紹介しているにもかかわらず、
文章の流れが崩れていない。何より言葉がわかりやすい!
ああ、これが時評という名の作品なんだな、なんて思ってしまった。
(でもね、たぶん私の作品が紹介されていなかったら、ここまで感動していないと思うの。
なんて突き詰めていくと、我が強くて恥ずかしい人間です)


詩の投稿サイト「poenique」4weelsの同人誌批評(北爪満喜氏)
http://poenique.jp/4wheels/24.html

個人詩誌「月光」2号が取り上げられました。
聴覚の主体である耳と「私」のあり方が逆転しいる発見」だって。
確かにそうなのだけれど、ここまでスパッと言われると、
むしろ嬉しさに戸惑う。

★☆★

今日、親が校外展見に行ったみたい。
親にまで「どうしたの!?」って聞かれた←
心境の変化かな爆←
自分でもどうして絵が変わってしまったのか謎。
嘘、なんとなくわかるけどね。
あー、心当たりが、、
ごめんね詩しか見えなくて。

〆切まであとちょっと。
書いても書いても違う気がする。


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by moonpower0723 | 2009-02-01 18:03 | 詩の仕事
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文学少女は詩人をめざす


by moonpower0723
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