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キセキgozoCine; vol.3 裏声=吉増剛造×工藤正廣/『芥川龍之介フィルム』新作Cine

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吉増剛造さんにサインをしていただいた。感激!

一昨日、昨日、と<詩の黄金の庭 吉増剛造展>関連のイベントに足を運んだ。
画像のとおり、吉増さんにサインもいただき(!)「月光 創刊号」をお渡しし(!!)、
大変興奮した2日間だった。

8月8日(金) キセキgozoCine; vol.3 裏声=吉増剛造×工藤正廣

記事にも書きましたとおり、早めに会場の文学館に到着し、ロビーでくつろいでいたところ
吉増さんに「こんにちは」の洗礼を受ける。びっくりした。

さて、イベントのはじまりに館長さんのご挨拶。
なんと、会期中にも関わらず図録が販売されるとのこと。1冊1890円。
「安っっ!」と思わず口に出してしまった。
館長さんによれば、今まであった図録やカタログとはまた違った形式の書物で、
展示の様子や、トークセッションの内容はもちろん、北に関する吉増さんの詩が19編納められてるとのこと。さらに付録として「石狩シーツ」全文を印刷したポスター(と言ったらよいものなのか)。部屋に貼りたいっ貼りたいっ!「わー、部屋に貼りたいっ」また口が動いてしまった。
吉増さんによれば「この本が出て、また展覧会がはじまるって感じよ」
ぜ、絶対欲しい。。。
図録を会期中に出すために、奮闘なさったという石塚純一、千恵子夫妻に、会場からあたたかい拍手が送られました。感謝!

イベントには、「国文学」で吉増さんと対談をしたというクロード・ムシャールさん(フランスの詩人さん。パリ第8大学名誉教授)が来られ、ユーモアを交えたお話で会場を沸かせていました。
ムシャールさんがいらっしゃるということで急遽上映するCineを変更しました。
なんとムシャールさんのお家で撮ったそうな。。。

gozoCine ♯4 「クロードの庭」

10月初旬の、フランス。ムシャールさんが運転する車内。フランス語がその空間を満たすことばだった。食卓に切り替わる。たくさんのフルーツが見える。ムシャールさんの“のばなしの手”がアップされる。映像だけ見ていると、寡黙なワインのグラスと気ままな、あたたかそうな手が会話をしているようだ。そこにフランス語がまた交じり合う。かと思うと、寡黙だったはずのワイングラスが、アップされていくにつれ、その声を響かせる。液体の、グラスに触れ合う部分が透けてきれいな葡萄色だった。柳田さんの宝貝をぶら下げたピンチハンガー(洗濯ばさみがついているハンガー)を持って、地下のワインセラーへ足を踏み入れる吉増さんの目。薄暗い地下の中で無数の腕が壁から突き出ている。手首のような、ワイン瓶の口……。眠る瓶を、その手首を、呼び覚ますように叩くピンチハンガーの貝たち……。
外の映像に切り替わる。ムシャールさんが木に登っている。マリリアさんがそっとなでた黄色い果実のおもみがこちらにも伝わってくる。歌うマリリアさんの唇がアップされる、目が近づいていく、すると耳もしのびよっていく。キセキ(残像を尾っぽのように引きずる装置)によっていくつも分かれた木の枝が大きく揺れて、青い空をノックした……。

上映終了後、ムシャールさんは吉増さんについてこうお話されていた。
「剛造は詩作品と同じように、いろんな色を使って映像作品をつくっています。
単にものやひとを撮っているのではなく、その要素をきちんととらえようとしています。
つまり、要素とは世界全体を作っているものとして位置づけられているものです。
何気ない風景をとらえているように見えますが、
その映像を通して全世界を見せてもらったようです。
私はいろんな詩を読んできましたが、“現在”をそこに感じることは少ないです。
でも剛造の詩にはそれを感じます」
工藤正廣さんはマリリアさんがマルメロ(黄色い果実)を撫でているシーンに注目し
「あのシーンが一番重要だ」とのこと。
吉増さんがパステルナークの詩から
「泣きじゃくりながら出てくるのが、本当の詩」とおっしゃられていたのが印象的だった。

さて、2本目の上映に入った。

gozoCine ♯8 「朔太郎フィルム日記」

最初にタクシーの車内の映像。「タクシーの中は理想的なスタジオ」と吉増さんが解説する。朔太郎の顔のOHPフィルム。英語のナレーションが入る。「ハギワラ、サクタロ」 サクタロウ、ではなく、サクタロ。しんなりとした響きだ。広瀬川の映像のあと、前橋文学館前へ。利根川は石が“ごろごろ”と置かれている。朔太郎がよく撮っていた写真になぞらえて、カメラの目は釣り人をアップしていく。
「これが前橋でっせ。これが利根川でっせ。
これが盗人のように流れる川かぁ!」
吉増さんの興奮が伝わってくる。OHPフィルムの朔太郎の額にかかる夕日の足。朔太郎の目が見つからないまま、ひるがえるフィルム。あたりは石石石石。キセキで石の輪郭が途切れ、誕生した山々。太陽が沈みにかかるのを今にも待ちわびていた。

映像が終わった後、吉増さんのご指名で詩人の新井高子さん(確か、御詩集「タマシイ・ダンス」で小熊秀雄賞を受賞された方)が感想をおっしゃられた。
「川がたくさん映し出されていたけれど、OHPフィルムはもう一つの水面のようだった」
「波というのは、目を重ねること」
ということばが印象的だった。

gozoCine ♯19 「奄美フィルム――ミホさん追悼」

作家、島尾ミホの追悼作品として撮影された映像作品。

タクシーの車内。運転手さんとの会話がはずむ。
「島尾ミホさんって知ってる?」
「島尾敏雄の娘だろう?……ああ、奥さんか。
娘さんは知ってるよ~。よくタクシー乗ってくれるから」
タクシーのシートが太陽に照ってきれいだ。OHPフィルムの裏にまたほおずきが擦り寄る。ミホさんの隣にもうひとつ顔があるようだ。あるいは赤い帽子を頭にかぶっているようだ。
「月光の中でつかまえた月の匂い、それが奄美なんだろうな~」
ミホさんが先生をしていたという押角小中学校の付近の小川に立つ。
ミホさんの背後にぴったりとくっついた赤いほおずき。その表面をたどる葉脈を見る。血管のようだよ、肺のようだよ!ミホさんの著書の活字をキセキで追う。行間にひとかげが芽を出す。
生垣に残る月の匂いをたどる。「光っていうのは、宇宙の万物の皮膜なのかもしれないね~」吉増さんは、一種の恐怖と共にミホさんに近づいたという。ハイビスカスがアップされる。胸が痛むほどの激しい色彩。カメラのレンズにおしべがはりついて、花粉をとばしている。


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by moonpower0723 | 2008-08-10 23:58 | 詩の仕事
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文学少女は詩人をめざす


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